2003年シーズンから松本山雅を応援しはじめて(観戦自体は2000年ころから見ていた)、初のファイナリストです。アンテロープ塩尻を5-0で一蹴。これで9月の決勝までサマーブレイクに入るわけで。
それにしてもアルウィンのナイターはキモチいい。昼間のうだるような暑さや湿気は引き、ただ柔らかな涼風のみが頬を優しく撫でる。ライトアップされた長方形の芝が眼前にぼうっと浮かび上がり、吸い込まれていきそうな幻想的な雰囲気を醸し出す。客席を直接照らす照明がない故に、自分の足元に現実感がなく、まるで自分自身が空中に浮かんでいるかのような感覚すらある。
そう、ここはアルウィン。濃緑の劇場。
しかしナイターはこの1試合のみなのが切ない。しかし北信越リーグでナイター開催は考えられないためホロホロと泣くしかない。JFLはナイター開催があるのか、無知故に知らない。
この試合、劇場に詰め掛けた観客は1000人弱といったところか。まあ数百と記しておこう。しかし、各々がレプリカユニを着込み、マフラーを首に巻き、何かしら緑色で自らを彩っている。かくいう自分もレプリカユニに濃緑のサマーマフラー、携帯ストラップのおまけ付き。皆、どいつこいつも難しい顔をしてピッチを睨みつけ、シュートミスに頭を抱え、足元の覚束なさに目を覆う。勿論、好プレーには拍手を送り、勝利の瞬間には感情を爆発させるんだ!
思えば2003年。松本市からJリーグを目指すにはどこかからチームが移転してくるのを待つしかないなあなんて達観の境地に陥りはじめた頃、知人のやや血気盛んな方が「山雅SCを応援するぞ!」と言い出した時、山雅SCがリーグでも下から数えた方が早い位置にいることを知っていた僕は思わず「マジで!?」と心の中で呟いた。しかし松本からJリーグに行けそうなクラブは他に思い当たらず、とりあえず片手ほどのメンバーが集り、ネットオークションで落札した太鼓を叩き、声を張り上げることになった。あろうことかアウェイにも車を出して参戦した。その自分も含めた馬鹿者どもは正直病気以外の何物でもなかったが、ついにその病気も末期症状に至り、2004年からを正式にサポーターグループを名乗ることになった。――「ULTRAS MATSUMOTO」のはじめの一歩はか細い炎のように、本当にささやかなものだった。
それから3年。「ULTRAS MATSUMOTO」の名の下に集う馬鹿者どもは両手両足を使っても数え切れない程度に増えた。この世にはこれほど馬鹿者物好きが多いのか!と驚かずにはいられなかった。観客も10名から今は何もしなくても1000人は集る。
まだ「Jリーグみたい」なんて口にするのも憚られる状況。だけど……こう、なんていうか……楽しいんだよね。チームは勿論J昇格を目指しているんだけど、「Jリーグに行く」ってのはある意味「目的の目的」で、目的はあくまで「松本にサッカー文化を」であって、恐るべき事にそれは達成されつつあるんだ。
だからこそJFL昇格を早よしてもらいたいなあ。だってホームゲームが7試合+αなんて少なさ過ぎない?
あ、今更試合の感想でもないんですが、とりあえず石堂のミドルはJクラスだったと思います。白尾のPKミスは無かった方向で(あれは仕様です)。あと、バディーこと濱が気合の入ったプレーを見せてくれたことは素直に嬉しかったです。
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